高麗人参の歴史

高麗人参が世界に広まったのは、スペイン、ポルトガルが激しく競いあっていた大航海時代にさかのぼります。
多くの宣教師や商人達が東アジアの国々に来訪し、世界中に広まるきっかけを作ったのです。
オランダ人のハメルは朝鮮半島での体験談を「朝鮮漂流記」という著書に著し、ここで高麗人参をヨーロッパ全土に紹介するきっかけとなりました。

高麗人参の記載は他にも存在します。
イエズス会士中国書簡には記載されています。
高麗人参の観察調査記録もあります。
フランス人宣教師のラフィトウはモホク族に高麗人参の写生図を見せ、似た植物を採取しました。
これ以来、北アメリカ産の山参が広東参や洋参という名で中国に輸出され始めました。

高麗人参が日本に来たのは2000年前の事だと言われています。
日本の奈良時代に伝わってきたとされています。
日本において、高麗人参の最も古い歴史で記録に残るものでは、天平11年に高麗人参を聖武天皇に贈ったのが最初となるそうです。
その後も、朝鮮半島からは、ほぼ断続的に日本に高麗人参が贈られてきました。

日本においても栽培をはじめていきたいとの江戸幕府の意向から八代将軍徳川吉宗のときに、栽培が開始されました。
そして、享保14年に初めて高麗人参の栽培に成功したのを皮切りに全国各地で栽培されるようになりました。
栽培可能だと判明すると、江戸幕府は高麗人参の栽培方法を一般に公開し栽培を広く奨励しました。

高麗人参の栽培と利用は、当時の日本のみならず、世界中に広まっていきました。
有名な話ですが、ローマ法王のヨハネ・パウロⅡ世は、高麗人参を健康維持に利用していました。
当時ローマ法王の中でも絶大なる人気を誇っていたヨハネ・パウロⅡ世が絶賛したことで、より、信者のみならず、高麗人参が広く認知されたと言われています。
その当時、高麗人参を求める人が急激に、増加した伝えられています。

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